ケニアの植民地以前の口頭伝承や伝説は、物語や歴史(海岸部を除いて)の形式を取っていて、最も優れた作品です。ほとんどの民族はそれぞれ、特定の昔話や神話を持っています。
それらの多くは、創作上の物語であり、先祖の話です。寓話や物語も広く知られており、コミカルまたはドラマティックな形でモラルについて語られる動物の物語です。
それは、動物の特徴を捉え、その特性で登場人物の性格を表現しています。例えば、象は賢く、ライオンは力強いが暴力的、ハイエナは悪意を持ち愚かもの、という具合です。
海岸部では、初期の文学においてもアラブの影響を受け、細かい歴史記述が見られます。スワヒリ文化は、それぞれの行で韻を踏んだ厳格な拍子を踏む長く美しい複雑な詩歌の伝統をもっています。
それらの詩形の制限にも関わらず、主題は美しく表現され、詩的です。愛の詩は時にエロティックでもありますが、政治や社会風刺などの詩もあります。詩は、創造的な言語を多用した挑戦でもあり議論を喚起するものでもありました。
ことわざもスワヒリ語においてはとても一般的です。メッセージを的確に伝えたいときによく使われます。"カンガ(Khanga)"の裾に印刷されるのが伝統的です。海岸部地方の女性がみな身につけている巻きスカートのことです。このことわざは、内陸部にも伝わり、人に助言をしたり、事態をまとめたりするのに広く今でも使われています。現代のケニアにおいても、以下の2つのことわざはよく耳にします。
Haraka Haraka haina Baraka
急いでいては、幸運は逃げていく。
Kipenda Roho ula Nyama Mbichi
もし心に望むことがあるならば、生肉でも食べるだろう(なんでもすることの意)
ケニアの植民地経験は、ケニア文学を海外へ広めました。JH・パターソンの衝撃的な戦いの物語 「the Maneaters of Tsavo 」は、ベストセラーとなり、旅行と狩猟の文学の新しいジャンルを構築しました。ケニアの狩猟についての報告書において最も有名なのは、「Green Hills of Africa」の著者、アーネスト・へミングウェーです。これは、ツァボとチュール地域での狩猟の日々について書かれたものです。
ケニア植民地時代の作品で最も愛されている作品は、デンマーク人作家カレン・ブリクセンが、アイザック・ディネーセンのペンネームで書いた「Out of Africa」です。この作品は、ナイロビ周辺でコーヒー農園を経営していた彼女の生活を叙情的に綴った物語です。ケニアや野生動物の綿密な描写、ケニアでの心理的な孤独感や彼女の生活の不安について書かれています。
初期入植者のエリスぺス・ハックレーは、幼少の頃ケニアに来ました。彼女の著書「The Flame Trees Of Thika」は、ケニアの植民地化について書かれた一連の著作の最初の作品です。最初の小説は「Red Strangers」で、ナイロビにおける初期のイギリス人入植者とキクユ人との関係を綴ったものです。
風変わりで奔放な人々の避難場所としてのケニアの評判は、ケニアでどこにも属さない精神の持ち主を惹きつけ、興味深い文学作品を生み出しました。ベリール・バークハムの「West with the night」は、20世紀初頭のケニア中を飛行したり、狩猟したりした経験を綴った冒険ものです。
エビリン・ウォーは、アフリカの旅行者にとって、植民地についての興味深い作品を書きました。ジェームス・フォックスは「White Mischief」の中でエロールの殺害の怪事件についてを詳細に描きました。
ジョイ・アダムソンの「野生のエルザ(原題Born Free)」は、ケニアの偉大な野生動物保護についての最初の呼びかけの本の一つであり、世界の注目を集めました。同様の作品では、ピーター・マティマヒセンの「The Tree where man was born」があり、東アフリカの自然探訪について美しく描いています。
社会風刺では、シルバ・ネイポールが著書の「north of south」の中で、ケニア独立初期の様子を描いています。彼は驚くべき数の文学作品を生み出し、ロマンティックで冒険心のある作家の中心となりました。この傾向は今でも続いていて、ケニアは毎年より多くの本を出版しています。
アメリカ人写真家ピーター・べナードは、ケニアで多く時間を過ごし、ケニアについての本を幾つか出版しました。中でも一番の作品は、もちろん「The end of the Game」でしょう。ケニアの野生動物保護について書かれた美しくも重要な作品であり、現代芸術と深刻な生態系への指摘が折りなす素晴らしい作品です。
イタリア出身のクリ・ガルマンは長く素晴らしい生活をケニアで送っていました。彼女の自伝「I dreamed of Africa」は、ベストセラーとなりました。この作品では、ライキピアでの生活が、美しい自然描写、喪失感、自由の喜びを通じてありありと表現されています。ケニアでの生活を綴った最近の作品では、フランチェスカ・マルチアーノの「The rules of the wild」が挙げられます。ナイロビでの現代生活が描かれたロマンティックな小説です。ケニア人作家によって書かれた最初の著作は、植民地化の経験と独立への闘争をテーマにしています。
ケニア人で最も著名な作家は、グギ・ワ・ティオンゴです。彼は、英語とキクユ語の両方で作品を発表し、社会や政治、自己の開放についてのテーマが豊富です。「Petals of Blood」や「Devil on the Cross 」、「I will marry when I want」などの作品がありますが、西洋の読者にとって最も読みやすいのは、「Weep not Child」でしょう。この作品は、若いキクユ人の男がケニアの独立の闘争によって生活が変わっていく様を表現しています。この小説は、ケニア植民地文学に対して興味深い多様な視点を与えています。
現代のケニアのフィクションは、貧困からの脱出、問題を克服すること、魂の救いなどのテーマを扱った短編と小説でなりたっています。ムウェジャ・ムワンギの著書「Going Down RiverRoad」は大都会ナイロビでの生活を軽快に、興味深く描き愛されている作品です。
ビンヤバンガ・ワイナイナが受賞した「Discovering Home」は自己同一性に関して旅行と自身の思いを結びつけ、真の家庭の意味を、自身の南・東アフリカの旅行を通じて発見していきました。ケニア人作家パルセレロ・カンタイは、「The Story of comrade Lemma」や「the Black Jerusalem Boys Band」など、短編のすばらしい作品で2004年のケイン賞の1位に輝きました。
ケニアの文学は発展しています。将来の若いケニア人作家を支え、後押しするためのさまざまな取り組みがケニア中で行われています。











