伝統的な儀式や慣習を重んじ、現代世界を厳格に遠ざけて、独立心が旺盛で勇猛さで知られる部族であるマサイは、アフリカのもっとも根源的な姿を象徴する存在となっています。マサイは、明らかに地球上でもっとも名高い伝統文化のひとつです。
近年、マサイ独特のビーズ細工や宝飾品が欧米のファッション・アイテムとなり、ケニアへの観光客が購入する土産品として高い人気を誇っています。マサイのビーズ細工が大きな人気を得たため、腕時計バンド、ベルト、ハンドバッグから携帯電話カバーに至るまで、現代の多くの実用品がマサイのデザインで作られるようになりました。
マサイ人は真に独立した暮らしを営んでおり、一般に思われている以上に複雑で興味深い文化を誇っています。マサイ人はかつてケニアの中南部に広く分布し、北はライキピアに及び、南は国境を越えてタンザニアにまで及んでいました。現在、マサイ人の集団の大部分はケニアの南西部全域に住んでいます。
マサイ人は、マサイの名前の由来となったマー語を共有するサンブル人およびンジェンプス人と先祖的なつながりを持っています。マサイ人は完全に遊牧の牛飼いであり、農業志向が見られるようになったのはごく最近のことです。
マサイ人は牛をとても大切にし、神秘的な信仰と敬愛の対象にしています。マサイの神話では、空と大地がつながっていたときの様子が語られています。その後、空と大地は突然引き裂かれ、野生のイチジクの木だけが空と大地をつなぐ架け橋として残されました。"エンカイ(Enkai)"と呼ばれる神は、マサイ人への贈り物として牛の群れをイチジクの木を通して大地に送りました。
マサイ人にとって牛は神聖なものであり、神から直接与えられた贈り物です。草も神の恵みであり、神聖なものとみなされます。イチジクの木のそばを通るときは、牛の群れの発生源に敬意を払うために、一握りの草をイチジクの根の間に押し込みます。これは、マサイ人の習慣となっています。マサイ人は「あなたの牛が元気であるように」という意味の挨拶をよく交わします。
野生動物も神聖視されており、貴重な草原を再生するヌーの群れはとくに崇められています。ライオンは牛に対する脅威とみなされています。夜になると、牛はとげのある灌木で作った防護用の囲いに入れられます。伝統的にライオンは敬われていますが、牛を襲うライオンは狩りの対象になりました。"オロマイオ(Olomayio)"と呼ばれるライオン狩りは、マサイ人の生活にとって常に不可欠なものでした。ライオン狩りは、戦士である若い"モラン(moran)"に勇気を示す機会を与える儀式的な行事でした。伝統的に、ライオン狩りの一行は、バッファローの皮で作った盾と槍で武装した"モラン(moran)"のグループで構成されました。
草をたくさん詰めた鈴がそれぞれの"モラン(moran)"の足に付けられました。"モラン(moran)"は、茂みの隠れ場所で休んでいるライオンにそっと忍び寄り、草を抜き取って茂みに向けて騒々しく突入します。ライオンは必然的に狩人に向かって襲いかかることになります。
ライオン狩りに勝利すると必ず祝いの儀式が催され、ライオン狩りから戻った狩人たちは"エンジラキノト(Engilakinoto)"と呼ばれる華やかな踊りを演じました。この踊りの主な特徴は、胸を大きく突き出す動作とリズミカルな詠唱にあります。踊りが進行すると"モラン(moran)"は力強く何度も上にジャンプし、自分たちの力を誇示します。この踊りはすばらしい光景を生みます。優れた"モラン(moran)"は1メートル20センチの高さまでジャンプすると言われています。よく似た踊りにEoko(牛を祝う踊り)とEoko oo'njorin(戦争の踊り)があり、いずれも熱狂的な力の誇示が行われます。
マサイ文化では、戦士としての技能が明らかに重視されています。マサイ人の分布拡大と支配がケニア全域の広い範囲に及んだ理由はそこにあります。マサイ人は、高度に発展した通過儀礼と年齢組の制度を備えています。少年とその同じ年齢層の者に対する最初の通過儀礼では、大きな祝いの儀式である割礼が行われます。これに続けて回復期が設けられます。この期間、少年たちは黒い衣装を身につけて白い粉を顔に塗ります。
以後、この若い男たちは年少の"モラン(moran)"とみなされます。"モラン(moran)"は女性がやるように耳たぶを膨らませ、長く伸ばした髪を編みます。多くの場合、髪は赤い黄土で染められます。この黄土は上半身にも塗られます。赤は神聖な色とみなされており、マサイ人の男女が肩に巻く毛布のような"シュカ(shukka)"の基本カラーになっています。
マサイ人が身につけているビーズ細工も非常に象徴的です。ビーズ細工は約40種類あり、伝統的に女性が作り、女性と男性がともに身につけます。原則的に、もっともよく使用される色は赤、青、緑です。赤はマサイ人の色です。青のビーズは神を敬う気持ちを表し、空の色がそのまま反映されています。緑は神の偉大な恵みの色であり、降雨後のみずみずしい草を表しています。
マサイ人の女性が身につけるネックレスでもっとも人気が高いのが、首のまわりに付ける大きな平たい円盤状のものです。これは、針金を通したビーズの列で出来ており、細長い牛皮によって一定の間隔で固定されています。
未婚の女性は踊るときにこれらのネックレスを身につけて、円盤の動きを利用して自分たちのしなやかな動きを強調します。よく見られる女性の踊りに"オラマル(Olamal)"があります。女性たちは、共同体の指導者から祝福を受けるためにこの踊りを演じます。
結婚前の少女は耳の上部にのみ装飾を施し、耳たぶには施しません。耳の上部に大きな穴を開けて、ビーズ細工を耳に固定します。歳をとるにつれて、少女の耳の装飾はしだいに増えていきます。成人した女性では、耳たぶに穴が開けられます。耳たぶはビーズの重みで徐々に膨張していきます。
結婚式の当日には、非常に手の込んだ、膝まであるネックレスを式の間ずっと身につけます。結婚式では、女性はすべての装飾品を披露できます。ビーズのネックレスと装飾品をとても多く身につけているため、花嫁は歩くのが困難になることもあります。
既婚女性は"ンボロ(Nborro)"と呼ばれる青いビーズの長いネックレスを身につけます。さらに、ビーズで飾った長いフラップで耳たぶを飾ります。既婚女性はまた、かぎタバコの容器をネックレスにつないでよく持ち運びます。
息子を通過儀礼に送りだす母親は、"スルティア(surutia)"と呼ばれるペンダントを息子に贈り、通過儀礼を通じて身につけさせます。その後、息子はこのペンダントを母親に返します。母親は、息子の地位の象徴として誇らしげにペンダントを身につけます。母親はこの"スルティア(surutia)"を一生身につけ、息子が死んだ場合にのみ取り外します。
通過儀礼を終えた"モラン(moran)"の多くはマサイランドを自由に歩きまわり、その途中でさまざまな共同体を訪ねます。
"エウノト(Eunoto)"の儀式のために戻った"モラン(moran)"は、儀式として母親によって頭を剃られます。これは年長の"モラン(moran)"への移行を表し、この時点でかれらは結婚できる年齢に達したとみなされます。
結婚後は年少の長老(Junior Elder)への移行が行われ、その後、年齢によって年長の長老(Senior elder)への移行が行われます。長老の知恵はとても尊重されます。長老は"ルング(rungu)"と呼ばれる大きな杖を常に持ち歩き、その共同体での地位を表します。
すべての長老の中でもっとも尊敬されるのが、伝統的な予言者、治療者、占い師を兼ねる"ライボン(laibon)"です。"ライボン(laibon)"の役割は、マサイの伝統社会でもっとも重要なものでした。
誕生から死(は含まれませんが)に至る、マサイ人の一生におけるほとんどすべての通過儀礼が祝いの儀式で迎えられます。これらの儀式は常に周到に準備され、繰り返し行われる多くの慣習があります。牛乳も神聖視されており、牛乳または牛乳を表す白い粉が祝福を授けるときに使われます。
多くの儀式では牛やヤギが屠殺され、その肉は社会的地位に従って地域住民に分配されます。またある時には、生きた牛の首や脇腹の血管を矢の先端で開いて血を採ります。血はひょうたんで作った容器に集められ、牛の傷口は灰でふさがれます。血は新鮮なものをそのまま飲むこともあれば、牛乳と混ぜて飲むこともあります。牛を殺す場合でも、血を集めて牛乳と混ぜあわせてあとで飲みます。酸乳も美味とみなされています。
"マニヤッタ(Manyatta)"と呼ばれるマサイ集落は、通常、木の枝の枠組みに牛の糞を塗って作った、長くて低い丸みを帯びた家が並ぶ円形の野営地です。
"マニヤッタ(Manyatta)"を訪問すれば、マサイの文化と日常生活を効率よく知ることができます。文化的マニヤッタと呼ばれる、観光客が訪問できる"マニヤッタ(Manyatta)"がケニアにはたくさんあります。信頼できるガイドを通じてマニヤッタの訪問を手配することをお勧めします。ガイド付きの訪問は、知識の習得以上の成果をもたらすでしょう。
マサイ人の生活を体験学習する最適の方法は、経験豊かなマサイ人のガイドに付いてウォーキング・サファリや組織されたトレッキングを行うことです。こうした体験により、マサイ人が住む地域について知る機会とマサイ人の共同体で過ごす機会が得られます。これにより、観光客とはまったく異なる視点で自然の大地や野生動物を捉えることもできます。











