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 サンブルの文化

言語を共有し、深いつながりをもつ南方のマサイ人ほど知名度は高くないですが、サンブル人もまた複雑で魅力的な文化を誇っています。
北部の大平原とトゥルカナ湖の南部に住むサンブル人は、自分たちの文化を誇りにし、かれらを結びつけている先祖伝来の土地を守っています。

伝統的なサンブル人の集落は景観が美しい場所に位置し、壮大な眺めを得られることがよくあります。美的価値の鑑賞力はサンブル人の信仰の主要な部分を占めており、これは身体上の外見と装飾品に大きな注意を払うことに現れています。

実際にはサンブルという名前は他の部族が付けたもので、直訳すると蝶という意味になります。それまで、サンブル人は自分たちを"ロイコプ(Loikop)"とみなしていました。サンブルという名前は、サンブル人の装身具が生みだす優美さの印象に基づくものと思われます。

体全体と髪に赤い黄土を塗るマサイの戦士"モラン(moran)"とは異なり、サンブル人の"モラン(moran)"は顔と上半身に複雑な模様を施します。その際、アイラインを強調し、髪を入念に編んで額を覆う独特の"ひさし"を作ります。サンブル人はまた、腰のまわりに巻く"シュカ(shukka)"を独特の白い飾り帯と一緒に身につけます。

こうした優美さは、かれらの狩りや戦いでの勇猛さに関する強烈な評判とかけ離れています。戦士であることと通過儀礼がサンブル人の社会の根幹をなしています。一緒に通過儀礼を受けた年齢組の少年たちは、生涯にわたる絆で結ばれます。火起こし棒を意味する"オルピロイ(Olpiroi)"と呼ばれる慣習を通じて、"モラン(moran)"の1つの世代は道徳上の責任を負い、次の世代への文化教育を担うことになります。このように、火起こし棒は実際に代々継承されています。ここでは、年齢階梯の制度が構築され、地域社会の一体感を深める伝統が尊重されています。

サンブル人の慣習はマサイ人とつながりを持ちます。サンブル人の詠唱と踊りはマサイ人のものと似ています。マサイ人の共同体と同様に、牛の恵みや戦いの準備、狩りの勝利では祝いの儀式が行われます。

深く響きわたる男性の声がこれらのダンスの音楽の基調をなし、なわばりを守るライオンの鳴き声にも似たリズミカルな詠唱が響きます。壮観なジャンプが繰り返される戦士の踊りは、ほかの戦士の叫び声で促進されます。

デザインと様式面で、サンブル人のビーズ細工は基本的にマサイ人のものと似ています。ビーズ細工は女性が作り、男女がともに身につけます。ただし、サンブル人の女性は、マサイ特有の大きな平たいネックレスは身につけません。代わりに、少女の頃から、若い"モラン(moran)"をはじめとする求愛者から輪が一重のビーズのネックレスを贈られます。サンブル人の若い男はこうした贈り物を気前よく頻繁に与えるため、ネックレスはすぐに合体して厚みのある首飾りとなります。

サンブル人は、15、6歳までにあごを支えられるほどのビーズを女性は身につけるべきだと考えています。これは、結婚できる年齢に達したことを示すサインとみなされます。伝統的に、サンブル人は広い範囲を移動する遊牧民です。サンブル人は、牛やヤギ、ヒツジの群れとともに牧草と水を求めて移動します。

最近では、サンブル人はラクダを集めて荷物の運搬に使用しています。ラクダの畜産の技術は、北部のレンディーレ人やトゥルカナ人との親しい関係から得られたものと思われます。

牛乳と牛の血が主食ですが、特定の儀式の期間には動物を屠殺します。肉の特定の切り身と臓器が社会階級の地位に応じて分配されます。伝統的に、生きた牛の頸静脈を矢またはナイフで開いて血を採ります。傷口は熱い灰で元どおりに閉じます。牛を殺す場合でも、血を集めて牛乳と混ぜて飲みます。一般に、サンブル人は農業とすべての定住農耕を軽蔑しています。

サンブル人は、砂漠の別の遊牧民族であるレンディーレ人と意外なくらい文化的に結びついています。この地域でのサファリとトレッキングの多くはサンブル人の土地を通ります。サンブル人とその文化について知るために一定の時間を割く価値は十分にあります。その最適な実践方法は、現地のサンブル人のガイドに付いてラクダ・サファリかウォーキング・サファリを行うことです。または、サンブル人の共同体が運営するロッジやキャンプに滞在することです。